会報 第49号

Rise 第49号 2018年06月10日発行 Rise0049,PDF

「ナチス・ファシスト 安倍打倒!

米朝共同声明は破綻する

帝国主義戦争情勢下のボリシェヴィキの反軍闘争(下)

 

(写真 1917年ロシア革命に武装して決起した労働者とレーニン)

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朝鮮・アジア、米・中東労働者の国際連帯の強化で プロレタリア革命へ

滝山

労働者階級の実力で安倍を倒そう 森友・加計疑獄の開き直りは ナチスの手法

森友・加計疑獄の開き直りは ナチスの手法

 愛媛県は5月21日、、2015年2月15日に安倍が加計理事長から獣医学部新設計画の説明を受け、「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」と語ったと記された文書を含む関連文書27枚を公表し、参院予算員会に提出した。
 安倍は翌22日、面会や計画に関するやりとりなど全てを否定した。加計学園も21日、県文書の内容を否定するコメントを出した。柳瀬は、安倍と加計理事長の面会に同席したとの県文書に「同席した覚えも、この話を聞いた覚えもない」と否定。
 追い詰められた安倍・加計は31日、加計学園事務局長・渡辺良人を愛媛県庁と今治市役所を訪問させ、安倍と加計理事長が2015年2月に面会したと伝えていたのは虚偽だったとして謝罪させた。
 どこまでも嘘と開き直りで延命せんとする安倍政権に対する怒りは巷に充満している。
 加計問題の「疑惑は晴れていない」が83%。安倍内閣支持は36%(4月31%)。不支持44%(同52%)。安倍の続投反対が53%(
4月53%)、続投容認が33%(同31%)。働き方改革関連法案の今国会成立反対が60%、成立させるべきが19%(朝日)。毎日の調査では内閣支持が31%、不支持が48%。いずれも5月末調査。
 森友問題でも財務省が徹底して安倍の関与を隠蔽していたことが明確になった。廃棄したとさる約950ページ、217件の交渉記録が復元され国会に提出された。約3000ページの決裁文書の改ざんと記録の廃棄で安倍と昭恵の関与を徹底的に隠蔽した。財務省は、昨年2月17日に安倍が「妻が関与していたら首相も国会議員も辞める」の発言後と24日、佐川が「保存期間は1年未満・・交渉記録はなかった」の国会発言後以降に交渉記録を廃棄したこを財務省が認め、決裁文書の改ざんも昨年2月から4月にかけて佐川の指示で行ったことも税務相が明言し、安倍、佐川の答弁とつじつまを合わせるためだったと説明している。要するに財務省は、組織ぐるみで「忖度」し、隠蔽と改ざんに奔走したことを認めている。だが改ざんに抵抗し、作業から外された職員もいた。

「忖度」は立証困難

 「忖度」をめぐる疑惑の立証は、それ自体は困難といえる。
 「忖度」は、安倍という極右・フッアシストとその「意を汲む」官僚どもによって生み出される腐敗した巨悪の「システム」である。
 「忖度」による行動には、「忖度させる側」と、「忖度する側」の利己的な思惑、利害、腐敗、野望がその根底に渦巻いている。
 あえて言えば「明示な指示・命令」がなくても「忖度する側」に己の野望、欲望、思惑が一体化すれば成立する巨大な悪・不正義のシステムと化す。安倍は「内閣人事局」の設置でそれを現実化した。「忖度させる側」は「決定的な証拠」さえ隠し、認めなければ政治的に追い込まれながらも開き直りが続けられる「システム」である。そして「忖度する側」も「忖度し行動する」全過程のなかに自身の野望と思惑を忍び込ませて推進しているために己が真実を明らかにできないのである。
 「忖度」が起こる国家、社会は、実に危険である。それは個人にとっても社会にとっても危険だ。特に労働者階級民衆には相容れられない社会だ。「忖度させる安倍」は、一見強力なように見えるが、「忖度」がもたらす「事態」を安倍自身が対応できなくなる脆さと危険性が巨大化する。だから安倍は、「私は知らない、知らないから指示もできない」と厚顔無恥に開き直る。言い換えれば安倍自身が「忖度」のシステムの巨大化のなかで極めて脆弱な存在と化す。

ナチス・ファシスト安倍政権打倒!

 「忖度」は「忖度する側」の利己的思惑によって巨大化し、一人歩きするシステムと化す。腐敗・堕落した反人民性は巨大悪の反階級的国家システムと化し、「基本ルール」と化している。それが現在の森友・加計疑獄問題の本質だ、日大問題も同質・同根である。日大問題はすでにそのシステムが巨大化していることを示している。これがナチス・ヒトラーの手法だ。
 
 アウシュヴィッツ強制収容所の元所長、アドルフ・アイヒマンは数百万人のユダヤ人を移送する任務を担い、虐殺した。戦後、アルゼンチンで逃亡生活後、60年モサドに連行され、エルサレム裁判で死刑判決を受け絞首刑になった。 裁判で大きな争点となったのが、大量虐殺がヒトラーの直接・間接の命令を受けていたのか否かであるが、これは不明のままだ。だがアイヒマンがヒトラーの「意志」を「法」とみなし、このおぞましい大量虐殺を粛々と遂行したのは確かだ。まさに「忖度」だ。安部や麻生が「ヒトラーの手法を学べ」というひとつがこれだ。日大問題にも見られるようにこれが国家と社会にシステム化しつつあるという現実に、われわれは正しく戦慄し、怒り、暴露し、1000万の怒りと結びつかなければならない。問われているのは、あらゆる職場、あらゆる分野で結びつける総合的なわれわれの飛躍である。安倍もろとも日帝とその社会を根底から徹底的に変革しなければならない。それが革命であり、労働者階級人民が生きられない今の社会は革命によってしか変えることができない。新自由主義の総破産が世界にこのような社会を現出させている。「おしゃべり小屋(国会)」では安倍を打倒できないことが日々、明らかになっている。本来なら「忖度」を生み出すようなシステムそのものが弾劾され、粉砕しなければならない。「おしゃべり小屋」では、この根本的なところでの追及すら放棄している。あべはそこにつけこみ改憲と戦争に突進することで延命せんとしている。求められているのは労働者階級人民の怒りと結びつき、安倍を実力で打倒する力、組織力である。
 米帝・トランプへの労働者階級人民の怒りは、米・中東・アジアー世界で爆発している。米大使館のエルサレムへ移転強行がパレスチナ人民の怒りの総決起として爆発している。米帝への怒りは中東から全世界に拡大している。米帝のイラン核合意からの離脱が、朝鮮半島の核戦争の危機と一体化し、新たな世界核戦争情勢を促進している(後述)

中東で米帝への怒りが爆発

 トランプの最新支持率が39%。支持しないが57%。共和党も支持率が低迷。トランプは11月中間選挙と2020年大統領選を見据え、5月14日エルサレム移転を前倒しで強行した。
 ガザでは移転が強行された14日、パレスチナ全土で「怒りの日」と定められ、4万人が自治区の各地で米帝・イスラエルへの抗議行動が爆発。イスラエルが実弾を発砲。子供や女性を含む60人が虐殺された。2014年ガザ戦闘以来、1日の死者としては最大である。14日に続く15日は大規模なゼネストで抗議デモが戦われた。銃撃で新たに1名が死亡。15日は1948年のイスラエル建国で70万人以上が難民となって故郷を追われた「ナクバ(大惨事・大破局)」から70年の節目。ゼネストで抗議が拡大している。5月17日時点で死者は62人。負傷者約3000人に達している。イスラエル軍の銃撃・虐殺と対決しながらパレスチナ人民の不屈な戦いが拡大している。
 ガザの対イスラエル境界沿いでは3月末から毎週金曜日、70年前に故郷を追われたパレスチナ人の帰還を求める「帰還の行進デモ」が続いている。イスラエル軍の銃撃による死者数はこれまでに計100人以上に達し、9000人以上が負傷している。
 没落米帝の中東支配は完全に破綻し、追い詰められているが故の移転強行だ。トランプは「移転記念式典」のビデオ演説で「「我々の偉大な望みは平和」とほざき、中東支配の破綻と崩壊を戦争の拡大で突破しようとしているが、それ自体が没落米帝の危機を促進し、トランプ自らが戦後世界体制の崩壊を破壊的に激化させている。

 米、イラン核合意から離脱

 米帝トランプ政権は5月8日、2015年の「イラン核合意」から離脱を表明し、「史上最強の経済制裁の実施」を宣言した。米帝の対イラン新政策は、イランの核開発阻止である。米帝の要求は、IAEAによる全ての核関連施設への査察実施、ウラン濃縮の完全停止、核プログラムなど軍事について全ての申告、検証可能で恒常的にこれらを放棄する、シリアのアサド政権を支援するイラン部隊の撤退、弾道ミサイ開発の停止、米国人の人質解放など12項目を突きつけている。
 その上でを欧州や日帝・安倍政権に「史上最強の経済制裁」の同調を要求している。米帝の口実は「イランがシリア内戦に介入し、イエメンのイスラム教シーア派武装組織フーシ派や、レバノンのシーア派組織ヒズボラを支援し、中東情勢の危機を激化させている」というものだ。「史上最強の制裁」とは核戦争である。
 英仏独は「イラン核合意」維持を表明した。その背景には欧州企業のイラン進出がある。トランプは、イランと取引をした第三国も制裁の対象とする「二次的制裁」を復活させる意向を示し、欧州企業への制裁も実施するとしている。
 米帝のイラン核合意の離脱は、イスラエルとイランの更なる軍事的激突に発展する。イランは6月月5日、ウラン濃縮能力の拡大計画の着手を国際原子力機関に通告した。イスラエル軍によるイラン核関連施設への空爆開始が検討されている。これはイスラエルを尖兵とする中東での新たな米帝の侵略戦争の始まりだ。米帝の狙いは、原油・金融制裁でイラン国民を締め上げると同時に、核戦争によるイラン、北朝鮮の「体制転換」である。没落米帝の中東支配・世界支配の破綻の中で激化している新たな資源争奪戦・勢力圏化を核戦争で乗りきろうとするものだ。世界は戦争と革命情勢を加速さているそれは同時に中東の革命情勢を引き寄せることになる。だが帝国主義に展望はない。2018年~20年の激動過程で国際連帯の強化と帝国主義足下のプロレタリア革命の爆発は不可避であるからだ。

(写真 在イスラエル米大使館のエルサレム移転に反対し、抗議するパレスチナ人民 (2018年5月14日、パレスチナ自治区ガザ地区))

米朝会談は 核戦争への道米朝共同声明は破綻する

 第2次大戦終結後、日帝の植民地支配から解放された朝鮮人民は革命に決起し、「人民共和国」の樹立を宣言した。だがこの革命は帝国主義とスターリン主義の戦後世界の分割支配体制のもとで暴力的に圧殺され、南北分断の支配体制は今日まで固定化されてきた。「ローソク革命」は「積弊清算」とともにこの南北分断支配体制を打ち破る朝鮮革命の火柱として爆発している。火柱は東アジア・中東ー全世界の労働者の怒りを解き放つプロレタリア革命への号砲である。
 「積弊清算」を掲げ、社会の全面的で根底的な変革を求め、パク・クネ政権を実力で打倒し、イミョンバク元大統領をも監獄にぶち込んだ韓国労働者階級民衆の決起が、分断の歴史に終止符を打つ革命への巨大な力となって噴出し始めた。この「革命」を求める力が南北の両政権に首脳会談を強制し、「板門店宣言」を出させた原動力である。言い換えれば、韓国・文在寅と北朝鮮・金正恩は韓国労働者階級人民の決起の前に南北首脳会談開催と「板門店宣言」に追い込まれたのである。歴史と世界を動かすのは労働者階級人民の闘いと実力である。
 南北の統一と解放を成し遂げるには、帝国主義とスターリン主義など「朝鮮半島の統一と平和を望まない」全勢力と徹底的で非和解で闘い抜く階級的実力が不可欠である。文在寅、金正恩、そして米帝・トランプが目指すものは体制延命のための韓国・朝鮮革命の圧殺にある。帝国主義とスターリン主義の恐怖は、韓国民主労総を先頭とする韓国労働者階級人民の「ローソク革命」のうねりが朝鮮半島全体へ、アジア、アメリカ、世界へ波及することへの心底からの恐怖だ。パク・クネを打倒し、監獄にぶち込んだ韓国労働者階級民衆の闘いと実力への恐怖である。帝国主義支配階級どもが打倒される恐怖である。そして最大の恐怖に陥っているのが極右・ファシスト安倍と日帝ブルジョアジーだ。森友・加計疑獄の開き直りは恐怖の裏返しの現れである。
 朝鮮半島の真の統一は、戦後73年にわたり分断を強いてきた元凶である帝国主義とスターリン主義をともに打倒することによってこそかちとられる。

(写真 「マックス・サンダー」に参加したF22ステルス戦闘機。昨年は参加していない)

米帝の核戦争戦略

(1)米帝トランプの国家安保戦略(NSS)見直しは、①米本土を防衛する、②米国の繁栄を増進する、③力による平和、④米国の影響力を拡大する、の4本柱で押し出した。
(2)核戦略の見直し(NPR)の中期指針は、ロシア、中国に対する「圧倒的な優位」を確保するために、「局地戦攻撃」で戦術核攻撃を前提にした低爆発力の小型核の開発・配備だ。これを弾道ミサイルに搭載する。通常兵器より核兵器の役割を拡大し、核攻撃の抑止・反撃に限定しない方針を中期指針に盛り込んだ。新指針は大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機の「核戦略の三本柱」を更新しながら、一方であらゆるレベルの「抑止力を保つ」ために「柔軟な核能力」を持つとしている。北朝鮮、イラン・中東などの核・ミサイル施設への戦術核攻撃はもとより、米帝の核以外の戦略的拠点・施設への攻撃、市民や基幹インフラへの攻撃、核施設などへの通常兵器による攻撃が行使された場合も戦術核による攻撃を明記。核使用の「緩和」などというレベルではなく、「核」を「通常兵器」として使用することを宣言した。トランプは、サイバー攻撃にも戦術核攻撃の行使を明言している。
(3)弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)では、中国、ロシアを対象に、10年先の脅威にも対抗できるミサイル防衛技術の開発を加速させると明記。「同盟国の防衛」を押し出しながら、核心は米本土ミサイル防衛(NMD)が土台である。
 具体的には無人機から高出力レーザーを照射し、発射直後の弾道ミサイルを破壊する技術開発や、多弾頭迎撃ミサイル(MOKV)開発などの推進をぶちあげている。

「マックス・サンダー」に激甚に反応

 北朝鮮は5月16日、米韓空軍演習「マックス・サンダー」に激甚に反応した。南北閣僚級会談を中止し、米朝会談についても「トランプ米政権が一方的な核放棄だけを強要しようとするなら、われわれはそのような対話にもはや興味を持たないだろう」と表明。
 「マックス・サンダー」は100機の戦闘機が参加する「斬首作戦」の先制核攻撃訓練として強行された。例年と同規模とされていたが、昨年にはF22ステルス戦闘機とB52の参加はなかった。 北朝鮮の反応で16日午前、韓国国防部長官と在韓米軍のブルックス司令官(韓米連合軍司令官兼務)が会談し、計画されていたB52の参加を見送った。
 「ヴィジラント・エース」ではB1戦略爆撃機(核兵器は搭載できない)2日連続で参加しているが、B52の参加は作戦当初から外されていた。このことをみても今回の「マック・サンダー」が例年以上の「史上最大規模」で「斬首作戦」として計画されていたことが明らかになる。金正恩はこれに激甚に反応した。

 米帝・トランプの「最大の制裁と軍事的圧力」の目標は、対中戦争を見据えた朝鮮革命の圧殺と金正恩の屈服・体制転換である。

 北朝鮮の「南北共存」と「非核化」への「路線転換」は、体制崩壊の危機に追い詰められた結果からの対応である。金正恩は米帝に対抗し、北朝鮮の「体制延命の唯一の武器」として核・ミサイル開発に全力を挙げてきた。だが金正恩体制とっては、核・ミサイル開発を継続し、米帝との対抗に突き進んでも、「路線転換」による非核化=米帝への「恭順・屈服」の道を選択したとしても、いずれにせよ体制崩壊・転覆の危機は回避できない。「リビア方式」とは金正恩の抹殺まで含まれている。そしていずれ労働者階級人民によって打倒されるのである。米帝トランプは、米朝会談を当初から金正恩体制の解体・転覆に向けた「非核化」と「体制保証」という具体性のない包括的合意として設定している。米朝会談が長期化しても会談が破綻すれば、それを口実にして北朝鮮への核戦争に突入する。米帝にとって「会談破綻」は織り込み済みである。
米帝の北朝鮮「非核」絶対化

 米帝トランプとボルトンは、北朝鮮の非核化を絶対化している。
 トランプは、北朝鮮の非核化に向けた歴代政権の段階的措置を「誤り」と批判し、「効果がない」と断じ、金正恩が「体制保証や平和協定締結」を要求するなら、「核兵器の完全かつ検証可能で不可逆的な廃棄」を譲らない強固な戦略をとっている。ボルトンは「リビア方式」の適用を繰り返し主張している。北朝鮮の核兵器を除去するには軍事行動が必要という強硬策が持論だ。「リビア方式」とは、「見返り・補償よりも先に核放棄」である。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」、「核、ミサイル、生物・化学兵器の完全廃棄」である。
 「核弾頭や核関連物質、ICBMの一部を、半年以内に国外に搬出する。搬出する数量については、米朝首脳会談前の実務協議で調整を進める」、その後「数年内に全てを搬出させる。核物質は米国またはフランスに搬出させる」、「不可逆的な非核化」の担保として「核開発技術者(数千人)を海外に移住させる」などをトランプは金正恩に要求している。要するに核・ミサイル関連のあらゆるものを根こそぎ剥ぎ取るということを北朝鮮に突きつけている。これらに応じれば、「『テロ支援国家』指定の解除を検討する」立場だ。
※「北朝鮮は12個以上の核爆弾、50キロ以上の兵器用プルトニウム、数百キロの高濃縮ウランなどを保有」と報道されている。

(写真 板門店で4月27日、警護隊に囲まれながら韓国側に歩いて向かう金正恩)

北朝鮮の要求「核保有国認定」

 これに対し北朝鮮は、「核開発の初期段階にあったリビアを『核保有国』であるわが国と比べること自体が愚か」と対抗し、北朝鮮の「核保有国認定」の上での「在韓米軍の完全撤退=韓国からの米核兵器の撤収」「米韓軍事演習での核搭載可能な戦略爆撃機の飛行中止」「相互不可侵」「平和協定の締結=朝鮮戦争の終結宣言」「米朝国交正常化=平和条約の締結」などを要求している。
 要するに北朝鮮・金正恩の要求は「斬首作戦・作戦計画5015」の中止、核先制攻撃の中止要求だ。言葉を換えれば「完全かつ検証可能で不可逆的な体制保証」の要求である。板門店宣言には「核のない朝鮮半島」という文言があるが、トランプも文在寅も、北朝鮮の「在韓米軍の完全撤退」要求には応じない態度を明確にしている。

 6月4日サンダース大統領報道官は、1日にトランプに渡された金正恩からの親書の内容には踏み込まずに「対北朝鮮制裁を維持する。制裁は非常に強力であり、北朝鮮が非核化を実現しない限り、解除することはない」と明言。

北朝鮮スターリン主義は 核を放棄しない

 金正恩スターリン主義は核を放棄しない。なぜなら体制保証を実現する唯一の戦略として、「核・ミサイルの開発・保有」を堅持しているからである。核は北朝鮮の「宝剣」である。「体制の安全が保証されれば、核を保有する必要がない」、これは金正恩が3月に訪朝した韓国特使団に述べた言葉である。だが、米帝トランプは「北朝鮮の非核化=核完全廃棄」の先行実施の合意が前提としている。
 5月9日のポンペオ米国務長官と金正恩会談で、「トランプ大統領が望んでいるのは、北朝鮮が核兵器を完全廃棄するのを見ることだ。その代わりに、我々は北朝鮮の人々が豊かになる機会を得るという確約をする用意がある」「核弾頭やICBMなどを半年以内に国外搬出すれば、テロ支援国家指定を解除する」可能性も伝えたと報道されている。
 米帝とスターリン主義の戦後の「平和共存」体制が米帝の没落で「崩壊」している現在、金正恩の体制延命をかけた米朝対決は、基本的に非和解的とならざるを得ないであろう。金正恩は中国・習近平をも引き込み延命しようとしている。その根底には朝鮮革命の圧殺・解体と南北分断体制の維持=南北共存の狙いがある。これがスターリン主義だ。

米国 項目 中国
約72兆円 国防予算 約18兆4000億円
約127万人 総兵力 約220万人
約890隻 艦艇数 約740隻
約70隻 内、潜水艦数 約60隻
11隻(※) 空母 2隻(※)
約3600機 戦闘機 約2700機

(※)さらに1隻を建造中
数字は2017年版防衛白書から。米国防予算は要求ベースで約7兆円の戦費も含んでいる。

中国・習近平の「共存路線」

 習近平は二度目の中朝首脳会談(5・7~8))で米朝間で「非核化の合意」に達した場合、中国は北朝鮮に対し、「段階的な経済支援に乗り出すことが可能」とした。「米朝の非核化合意」が前程であると同時に、米朝間での「包括的合意」の重要性を金正恩に通告している。会談後、習近平はトランプとの電話協議で、北朝鮮が主張する「段階的で歩調を合わせた措置」に米帝が応じ、「米朝双方が段階的に行動」する「平和共存策」を要求している。北朝鮮が「核完全放棄」に合意した場合、中国の「核の傘」の下に入ることも取り沙汰されているが、それ事態、アジアにおける米中戦争の新たな軍事的対立の激化となる。

米国防総省、「リムパック」から中国軍排除

 米国防総省は5月23日、6月下旬から開催する環太平洋合同演習(リムパック)への中国の招待を取り消した。中国は、南中国海の南沙(スプラトリー)に対艦ミサイル、地対空ミサイル、電波妨害装置を配備。西沙(パラセル)諸島の永興(ウッディー)島に爆撃機を派遣。中国・習近平は4月、海南島沖で空母を含む最大規模の海上閲兵式を行い南中国海での活動を強化している。5月18日にも、爆撃機「轟6K」が南部海域の島しょうで離着陸訓練を実施。米帝は軍事システムの撤去を要求し、中国のリムパック参加を取り消した。併せてトランプ同日、輸入自動車への関税を25%に引き上げ貿易戦争を激化。

 没落米帝・トランプを先頭に、帝国主義列強が「自国第一主義」を掲げ、中露を加えた資源・市場・勢力圏化の強奪戦争がアジア・中東・ウクライナの三正面を焦点にしながら世界で貿易戦争として既に火を噴いている。それは同時に世界三正面での戦争と世界核戦争の危機として急速に転化し始めている。そして米朝会談の破綻がその転化を促進する。
 労働者階級に求められているの「平和への幻想」ではなく反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア革命である。

韓国・民主労総の闘いに連帯し、安倍政権を打倒しよう

 世界の労働者階級の国際連帯と団結した全労働者の行動が戦争を止める唯一の力だ。韓国・民主労総の非和解の闘いがそれを示している。
 戦争と革命情勢の中でハン・サンギュン前委員長の出獄を勝ち取った。「ローソク革命」をプロレタリア革命に進展させる巨大な力になる。ハン・サンギュン前委員長の出獄を勝ち取ったが未だ多くの同志が、文在寅によって監獄に閉じこまれたままである。ハン・サンギュン前委員長は、「すべての労働者の民主労総として、この地の労働者階級がこれ以上政治家の脇役でなく世の中を変える主役となることができるよう共に闘うことを約束します」と述べ、「同志たちとともに再びはちまきをしっかりと結びます」と出獄の所感を世界の全 労働者に送っている。
 「戦争を始まる前に止める行動」とは、自国帝国主義・安倍政権の打倒である。これがハン・サンギュン前委員長と韓国民主労総の闘いに連帯する日本の労働者階級人民の課題であり、その実践である。
 戦争を始まる前に止める行動とは、非和解の階級戦争である。階級戦争とは侵略戦争を止め、侵略を内乱・内戦に転化し、自国政府を打倒する革命戦争である。
今こそ60年代から90年代の全過程と、2010年代の全ての闘いを革命的に発展させ、安倍政権を打倒し、プロレタリア革命への歴史的な闘いに進撃しよう。その実力を飛躍的に闘いとろう。
 1917年ロシア革命以降、ロシア革命を発展させる最高、最大の反帝国主義・反スターリン主義プロレタリア革命の世界史的チャンスが到来している。このチャンスは安倍政権の改憲と戦争への突進を職場・生産点で阻止する闘いを拡大するチャンスである。分裂・解体状況にある連合を打倒し、全労働者を階級的労働運動のもとに組織できるチャンスである。勝利の核心と展望は、国際連帯と階級的労働運動の巨大な前進と現実の闘いの中にある。改憲阻止・戦争阻止、「働き方改革=過労死法案」成立阻止、安倍打倒を国鉄決戦とすべての職場闘争の基軸に据え、階級的労働運動の拠点を全国に建設しよう。

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モスクワ蜂起とボリシェヴィキの軍隊工作(下)

滝山

 第48号(上)からのつづきです。紙面の都合で、中見出し、写真は全て割愛しました。そのつもりでお読み下さい。一読、二読をお願いします。ボリシェヴキの軍隊工作は、現在の職場拠点建設の戦略的な基本的在り方を示しています。

兵士の生活に入り込む努力

 ボリシェヴィキは、各地方委員会に軍隊に対する働きかけの中心箇所を選び出し、その部隊のあらゆる特質、上官に対する不満の度合い、過去の革命活動への関わり、決起とその結果などを掌握することをすすめている。兵士の間で宣伝・煽動を実らせるためには個々の党組織は、深く兵士の生活に入り込み、隊内生活の現実そのものを詳細に批判しなければならないと指摘している。
 この時期にロシア社会民主労働党の第3回大会がロンドンで開かれている(05・4・12~27)。
 大会は、軍隊を労働者人民の側に移行させる問題を検討し、軍隊内にボリシェヴィキの強固な非合法組織を建設する場合にのみ軍隊を労働者人民の味方に引き入れることができるという結論を導き出している。
 隊内に党組織が存在するということは蜂起ープロレタリア革命のときに決定的役割を果たす。
 それだけではない。隊内革命党組織が蜂起の軍事技術的な準備に関わる諸課題で、労働者人民に多大な援助を与え、必要な時期に小隊・中隊を労働者人民の同盟軍として引き入れるためにも決定的で、重要な役割を果たすのである。これが軍隊内非合法組織の任務である。
 この任務を非合法的に遂行するためには、隊内組織に対する各地方・地区委員会の指導を確立しなければならないことは明白である。第3回大会においてこれらが党の一般的見解として出されている。

 モスクワ委員会は、守備隊兵士の構成の調査を重視した。1905年4月、ボリシェヴィキの反軍組織に技術部が設けられた。技術部は出版物の配布のほかに各小隊の人的調査を行い、モスクワ市各地区のメンバーは次の情報を定期的に党に提出することになった。

①何人の兵士が労働者の弾圧に参加したか
②いわゆる治安出動で「鎮圧」の際、各支隊はどう行動したか
③労働者の射殺に憤慨した兵士の名簿
④兵士の出身県
⑤各部隊に労働者と農民が何人いるか
⑥軍隊に召集されるまでに何名の兵士が革命運動に参加して弾圧を受けたか。その名簿。
⑦召集前にロシア社会民主労働党の組織に参加していた兵士はいるか。その名簿、などである。

 革命情勢の中で各地区委員会のメンバーがここまで踏み込んだ隊内工作をおこなっていた。

戦艦ポチョムキンの武装決起 

 5月から6月にかけて革命の波は高まった。メーデーは警官、軍隊と激突した。
 5月のストライキには全ロシアで20万人以上の労働者が決起した。オデッサ、ワルシャワ、リガ、ロッジなどの都市ではストライキに決起した労働者と軍隊が衝突した。ロッジ市の労働者は数十のバリケードを市街に構築し、3日間、軍隊と市街戦を展開した。このような情勢の下でボリシェヴィキの軍隊工作は一段と強化されていった。
 6月の「戦艦ポチョムキン」の武装決起に対し、レーニンは「ポチョムキンは・・・革命の不敗の領土になった。この軍艦の運命がどうなるにもせよ、われわれの面前には疑うことの出来ない輝かしい事実ー革命軍の中核形成の試みーがある」と、真向から、評価した。
 この頃モスクワ守備隊での革命への雰囲気が高まり、「全予備兵諸君に訴える」「一社会民主主義者=水兵の手紙」「兵士の要求」「立ち上がれ、兵士諸君」というビラ・パンフレットが撒かれている。
 7月には第21東部シベリア山砲隊の事件が起きた。モスクワ地区委員会はこの山砲隊の兵士達とも連絡を維持し、彼らにビラや出版物を配布し続けていた。この出
版物の配布によって大規模な組織活動が展開されていた。
 だが、兵士の手紙の中にボリシェヴィキのビラが一枚入っているのを憲兵によって発見され、その兵士が逮捕され(拷問)、さらに10数名の兵士が逮捕された。そして蜂起は、残念だが、鎮圧された。

隊内工作の強化を決議

 7月末には、ロシア社会民主労働党北部委員会の第一回会議が行われた。この会議の主題として、「武装蜂起準備機関」の問題が討議された。軍隊内工作の重要性が特に議論され、隊内工作を強力に推進することが決議された。
 7月17日の「プロレタリー」第8号には「軍隊では何が行われるか」という論文が掲載され、第10号では、隊内煽動の重要性とともに方向性を提示し、すべての地方組織に質問事項に対する回答を求めた。
①その土地の軍隊数、兵器の種類別と兵員(県別)
②隊内活動は行われているか。どのように行われているか。手工業的にか、それとも組織的にか。
③組織の性格ーサークル、軍隊グループ、委員会に属しているか、独立しているか(詳細に)。
④兵営との連絡はどのようにつけられたか。
⑤何で軍隊に近づいたか。何から始めたか、兵士の無権利状態の啓蒙からか、それとも戦争の罪悪を暴露することからか。
⑥どのくらいの機関(及びどこで)この工作が行われたか。
⑦兵士出身の活動家がいたか。
⑧組織された兵士の数。
⑨軍隊向けのビラの数と性格(出来れば、それらのビラが欲しい)。
⑩動員の布告を蜂起に利用する試みがなされたか(その模様を書くこと)。
⑪どんな具体的(一般的雰囲気及び個別的)なスローガンが戦争及び蜂起について掲げられたか、又、掲げられているか。
⑫軍隊の一般的雰囲気および蜂起の場合に彼らがとるだろう態度。
⑬どのような工作の改善が必要か。
⑭現在の軍事的革命組織(地区的および地方的)についての情報。
⑮単一の全国組織をどのようにつくるか、などなどである。
 
 1905年秋には、労働者人民の革命闘争への決起はさらに高揚し、発展した。
 レーニンは次のように言っている。「1905年秋には、地主に対する農民の闘争は広範囲に拡大した。農民運動は、全国の郡の三分の一以上に拡がった。サラトフ、クムボフ、チェルニゴン、チフリス、ククイス、その他の諸県は、真の農民暴動の場面となった。それでも農民大衆の襲撃は、まだ不十分であった。農民暴動には組織性と指導性とが足りなかった。
 チフリス、ウラジオストック、タシュケント、サマルカンド、クルスク、スフウム、ワルシャワ、キェフ、リガなどの諸市では、兵士の間にも不安動揺が大きくなった。クロンシュタットでも、セヴァストボールにおける黒海艦隊の水兵の間(1905年11月)でも反乱が勃発した。しかし、これらの反乱はバラバラに起こったため、ツアーによって弾圧された。
 個々の陸海軍部隊に起こった反乱の動機として、将校から受ける極度の酷遇、粗悪な食物(えんどう豆一揆)等によることが珍しくなかった。
 反乱を起こした水兵と兵士大衆はツアー政府打倒の必要や武装闘争を強力に継続する必要があることについて、はっきりした意識をまだ持っていなかった。 
 反乱を起こした水兵と兵士大衆は、余りにも寛大な気分をもち、反乱で拘束した将校達を解放するという過ちをしばしば犯し、且つ上官の誓約をうかつにも信じ、気を許した。
 このような情勢下、監獄から釈放された革命家バウマンがデモ隊の先頭に立ち、政治犯を釈放させようとタガンスカヤ監獄に向け前進したとき「黒白人組」によって襲撃され虐殺された。ボリシェヴィキは10月10日に葬儀を計画し、この葬儀を反政府デモとして爆発させた。このバウマンの葬儀に守備隊選抜兵連隊の40名の兵士および若干の将校が参加した(11月25日付け「ユマニテ」紙)。
 一団の兵士が立っていた兵営の付近を通過するとき、デモ隊の中から「兵士諸君!諸君は誰の味方か!?」という叫びに対し、多くの兵士から「人民と自由のだ!」と応えている。

 ボリシェヴィキの兵士への呼びかけ

 ボリシェヴィキのモスクワ地区委員会は、モスクワ守備隊の兵士に対して、労働者人民の要求を支持し、労働者人民と共に、次の要求をかち取るように呼びかけている。
①労働者と農民に発砲を命ずる国家権力、警察、将軍、将校を一掃すること。
②一般・平等・直接・秘密投票によって選挙される全人民の代議員を選挙すること。
③代議員によって、労働者と農民の利益を守る新しい法律を制定すること。
④蜂起した水兵を釈放すること
 モスクワ守備隊の兵士たちは、このボリシェヴィキの呼びかけと、クロンシュタットやセヴァストーポリにおける水兵の蜂起によって大きな影響を与えられ、兵士は、労働者の集会に参加するようになった。

 ボリシェヴィキはこの情勢下、モスクワ守備隊の各部隊に対する、革命的宣伝・扇動活動と組織的工作を一段と強化した。ボリシェヴィキは第一ドン・カザック連隊と連絡をつけ、選抜兵師団の諸部隊が駐屯し、モスクワ管区工務局があるクレストフスキー兵営に対する工作を成功させ、クレムリンの兵営計画、軍管区司令官官舎のある建物の計画、ホドウインスコエ原の野営地の配置図などを入手している。
 ボリシェヴィキは選抜兵たちに蜂起への決起を呼びかけた。スムスキー連隊およびニェスヴィージスキー連隊の兵士たちは蜂起に加わることを同意した。だが、この会合を警察に探知され、多くの参加者が不当に逮捕された。
 しかし、これでモスクワ守備隊兵士の決起が抑えこまれたわけではない。

兵士の決起と兵士集会

 1905年11月末には、ハモヴニチェスキー兵営に宿営していた第4選抜ニェスヴィージスキー連隊が、日常的要求を掲げて決起した。200名以上の兵士が兵営を出てデモに決起し、ベルノフスキー連隊の宿営地に向かい兵士たちに合流を呼びかけた。これに応えて100人以上の兵士がこのデモに合流した。
 このデモ隊は、スムスキー連隊の兵営の前で武装した将校集団に抑えられたが、10月17日の詔勅によって人民に与えられる「自由」を兵士にも与えよと要求している。将校集団は、「その要求を検討したうえで要求を入れるようにする」と応じざるを得ず、これで兵士たちは兵営別に解散した。
 数日後、ニェスヴィージスキー連隊では、再び兵士集会が開催され、300人以上の兵士が参加した。ここでは次のことが討議された。
①1901年兵および1902年兵を即時除隊にする。
②本年度徴集兵から勤務年限を2年8ヶ月に短縮する。
③余暇を無制限に利用する。
④あらゆる新聞や雑誌を自由に閲読する。
⑤給与および食料を増額する。
⑥満期外勤務を廃止する。
 11月26日には兵士大会を開催した。そこで要求をまとめ軍当局に出している。
 兵士たちは、「政治的な会話をした」という理由で逮捕された兵士の釈放。全予備役兵の除隊。金銭と被服の支給。将校への敬礼(挙手の礼)の廃止。食事の改善。などを要求した。兵士たちはこれらの要求が受け入れられないときは将校を逮捕し、電信・電話を切断し、「反政府武装闘争」への突入を宣言した。
 軍管区司令部は決起を鎮圧する
ために兵士を逮捕すると同時に一方で、兵士たちの細かい経済的要求に関する要求を認め、充足を図った。「飴と鞭」である。
 金銭および被服が支給され、食事が改善された。将校と下士官らの説得で一部の兵士が革命運動から離脱した。
 だが、逮捕・弾圧されても兵士の怒りは根底的であり、怒りは激しく高まっていった。

12月武装蜂起

 1905年12月武装蜂起の直前、二つの重要な組織的前進が闘いとられた。
 ひとつは、ロシア社会民主労働党・北部委員会の第2回会議である(11月21日~23日)。この会議で、隊内工作の重要性を確認し、中央委員会と地方の党軍事組織と恒常的な連絡体制を構築するための専門の軍事組織が創設された。
 もうひとつは、モスクワ市内に各区別および全市の労働者代議員ソヴェト並びに兵士代議員ソヴェトの組織が誕生した。
 レーニンは直ちにソヴェトを武装蜂起の機関、新しい革命権力の萌芽と捉えた。
 モスクワ・ソヴェトは、11月27日の会議で、モスクワ守備隊各部隊にたいし「兵士に訴える」というアピールを決定し、発した。モスクワ委員会は武装蜂起の準備を開始した。武器を調達(購入・獲得・製造)し、労働者の戦闘部隊を組織した。
 ボリシェヴィキのモスクワ地区委員会が長い間、隊内工作を行ってきたモスクワのロストフ連隊が蜂起を開始したのは12月2日である。
 12月3日、ロストフ連隊、ニェスヴィージスキー連隊、エカテリノスラフ連隊、トロイツェ=セルギィエスフク連隊、第1・第2・第5工兵隊、コザック連隊およびその他の諸部隊の代表者と各労働者戦闘部隊長やボリシェヴィキの宣伝・煽動メンバーらの合同会議が行われた。これは実際上の兵士代表ソヴィエトの第一回会議である。
 代表者たちは、異口同音、兵士たちの決起とプロレタリアートの革命運動を全面的に支援し、共に戦うことを確認しあった。
 モスクワのプロレタリアートは、ロストフ連隊の蜂起に対し、集会を開き兵士たちとの連帯と団結を表明し、支援の声明を発した。
 しかし、モスクワ委員会は、軍事問題を討議するためのすべての会議・集会において実践的な組織的決議や政策・方針として結実させることができなかった。要するに一部の指導部が決断できなかったのである。
 また、ロストフ連隊内の革命党組織は未確立でメンバーも未だ少数であった。そしてこの組織には「確固とした決意」と「団結と統一」も未だ弱かった。ロストフ連隊の蜂起は、12月4日、鎮圧された。

ゼネ・ストの宣言

 12月5日、招集したロシア社会民主労働党モスクワ地区委員会は、モスクワ市のゼネ・ストを宣言した。次いでゼネ・ストを全労働者人民の武装蜂起に発展させることを決議した。「革命運動は今や武装蜂起の段階に達した」と。
 モスクワのボリシェヴィキは、モスクワ守備隊の各部隊に対しても、開始された蜂起に対する弾圧のためモスクワに派遣される諸部隊の中でも隊内宣伝・扇動工作を粘り強く、全力で行った。
 そしてまた、12月11日のモスクワ・ソヴィエトの通信で、ボリシェヴィキは「蜂起した労働者諸君への忠告」で次のように訴えている。
「なるべく兵士には手を下さぬようにせよ。兵士は労働者農民、人民の子であり、自分から人民に立ち向かいはしない。将校や最高司令部が、彼らをけしかけているのだ。諸君は、自分らの力を将校と司令部に向けよ。
兵士を労働者の射殺にかりたてる将校は、すべて人民の敵とされ、法律の適用外に置かれる。彼らは無条件に殺してしまえ!」と、明快に記している。

 12月7日、モスクワの大企業でゼネ・ストがはじまり、バリケード戦が開始された。約10日間、武装した労働者と軍隊との市街戦が激しく展開された。そして、プロレタリアートの武装蜂起は、残念だが、敗北した。
 階級闘争と革命運動は平坦には進まず、勝利と敗北の教訓を繰り返しながら前進する。
 レーニンが後に「モスクワ蜂起の教訓」の中で指摘しているように、ツアー政府は、当時、動揺している軍隊・兵士を支配者の側に獲得するために、排外主義と国家主義的思想工作を隊内教育と結び付け、軍隊・兵士を反革命の側に組織する闘争を徹底的に推し進めた。これに対し、プロレタリアートの側においては組織が未だ武装蜂起のための準備がなされていなかったのである。軍隊・兵士の一部分が蜂起したとはいえ、未だ全体としてはプロレタリア革命の条件が成熟していなかった、ということが12月武装蜂起にとって致命的であったといえる。

12月蜂起以後の軍隊工作
警察権力の弾圧と闘いながら推し進められた

 だが、12月蜂起の失敗後、陸・海軍の兵士の怒りと決起は鎮圧されてしまったわけではない。レーニンは地方組織に対し農民、特に兵士の間における革命的工作の強化を指示し、ボリシェヴィキは新たな武装蜂起にむけた準備をただちに開始した。
 この時期のボリシェヴィキの重要な前進は、モスクワ委員会の下に隊内党組織の再建および兵士向けの専門紙の発行である。そしてモスクワ市委員会および各地区委員会は、隊内における反軍工作の全指導を軍隊党組織細胞に集中し、全労働者・全人民的武装蜂起の計画的準備のため、各部隊内での扇動と兵士の組織化の任務を強化した。
 非合法新聞「兵士の生活」は、ボリシェヴィキのモスクワ委員会のは反軍工作の機関紙である。その第1号は1906年2月5日に出された。この機関紙は警察権力によって印刷所が摘発され、2ヶ月しか存続しなかったが計2万部、発行され、兵士たちに影響を与えた。
 それでもボリシェヴィキの軍隊工作の結果、工兵隊およびモスクワ親衛隊の兵士たちは軍当局に対し、経済状態の改善および勤務年限の短縮を要求し、治安出動を拒否しはじめた。
 モスクワ第一親衛龍騎兵連隊(トヴェリ駐屯)の兵士はもっと明確な行動をとった。ボリシェヴィキはこの連隊内に兵士の非合法組織の建設に成功し、約20名の兵士を組織していた。要するにボリシェヴィキは、12月の武装蜂起の敗北後も軍隊工作を強化し、成果を収めていたのである。これはそのひとつの事例である。

統一的軍隊工作の始まり

 モスクワ委員会は、統一的な軍隊工作の必要性から軍隊組織の全国会議招集のため組織事務局をつくった。しかし統一的指導は、必ずしも成功していなかった。軍隊工作は依然、分散的で明確な中央集権的な組織形態をもっていなかったのである。
 この第一回軍隊党組織全国会議は、1906年3月27日、秘密住宅で非公然的に行われた。ここでモスクワ委員会は「ロシア社会民主労働党モスクワ委員会軍隊革命組織規約」を作成し、提起した。

 その内容は次のとおりである。
①革命組織の目的は、軍隊内における社会民主主義思想の計画的な宣伝・煽動、および各部隊内における組織された社会民主主義組織の結成である。
②革命組織の当面の任務は、ロシア専制政府に対する決定的な全人民的行動のため、軍隊のあらゆる革命的分子の戦闘組織をつくることである。
③革命組織は、組織・宣伝・煽動の方法の点、および人員や資金の配分の点で、独立している。戦闘行動に際して、軍隊の革命組織は、他の軍隊グループや軍隊組織との関係の点で独立している。
④革命組織は、連絡および指導への参加のため、モスクワ委員会指名により、そのメンバーをモスクワ委員会に参加させる。
⑤革命組織は、理由のある意義の申し立てがない場合には、単純多数決により互選で補充される。
⑥全般的戦闘行動に際して、軍隊の革命組織はモスクワ委員会の政治的指令に従う。

 しかし、この会議は、やがて警察権力に摘発され、会議の参加者は、会議開始後、全員が逮捕される事態となった。警察権力は、会議の全参加者逮捕につづき、前述のボリシェヴィキの隊内機関紙である「兵士の生活」紙の非合法印刷所である秘密家屋を摘発。逮捕は、軍隊の革命組織と連絡のある兵士たちにもおよび30~40名の兵士が不当逮捕された。
 
 1906年の夏ころには、土地問題での農民の怒りが爆発し、農民の決起が革命運動をさらに高揚させた。しかしツアーリは蜂起した農民を弾圧した。
 タンボフ県知事ボグダダノヴィツチは、なんと、「逮捕を少なくして、射殺を多くせよ」と命令を出していた。断じて許せない!! この命令を受けた郡警察署長は、「説得をやめ、火器で行動せよ。諸君が多く射殺すればするだけ、それだけ上司に対する諸君の功績は大きい」と反革命的扇動を行なっている。だが、ツアーリ政府の農民への無差別弾圧の強化は、支配階級の危機の現れ以外ではない。蜂起した農民を問答無用で射殺する支配階級の弾圧は、ロシアの労働者と兵士の怒りをさらに引き出した。
 ボリシェヴィキは、兵士たちに対し、自分自身で要求を出し、それを当局に突きつけ、容れらないときは労働者人民と結合・団結し一斉にストライキ・ゼネストに決起するように呼びかけた。またボルシェビキの「カザルマ」紙は、「土地と自由のために起ち上がった農民と労働者の弾圧を拒否せよ!自分たちの兄弟の射殺を拒否せよ!」と、兵士に訴えた。革命と反革命のすさまじい流血の激突と攻防戦が展開されている。組織戦においても然りである。
 1906年6月24日、モスクワ委員会は、カザックの集会を組織した。この集会は、単なる宣伝・扇動の集会ではなかった。
この集会には、モスクワのカザック部隊の代表者87名が参加した。集会では兵営内の状態や上官の職権乱用が怒りを込めて討議された。そして3人の委員からなる委員会が結成され、カザック内の反共・反革命宣伝や上官の非行を調査することも決定された。

軍隊工作の進展と反革命の反動攻撃

 ボリシェビキは、これまでの軍隊工作の経験を考慮しながら兵士・隊内に革命党組織の再建・強化にとりかかった。
 モスクワ守備連隊に対するボルシェビキの非合法印刷物や新聞が大量に配布され、それが兵士たちの決起として物質化されていった。勤務を中止したり、上官に抗議する闘いが次々に組織的に起こった。 特に第6工兵旅団の兵士の行動は大規模であった。また、その時期にタンボフにいた第7騎兵予備連隊の兵士の決起は軍と政府を震撼させた。予備連隊の兵士が練兵場に結集し集会を開始した。その解散を命令した当番将校と連隊長に21ヵ条の要求を突きつけた。 翌日、兵士たちは勤務を拒否し、全連隊の兵士大会を開催し、新しい28ヵ条の要求を連隊長に突きつけた。軍当局は、兵士達の要求には応えつつその首謀者を捜査し、逮捕した。この不当逮捕に兵士たちは怒り、全連隊が決起した。この決起はボリシェヴィキの隊内細胞の指導・扇動によるものである。兵士たちは完全武装で整列し、逮捕された兵士の釈放を要求した。
 この隊内決起に対し、モスクワ軍管区司令部は、蜂起鎮圧のため第217歩兵クロムスコイ連隊その他の兵隊を動員し、派遣し、鎮圧に躍起となった。
 陸軍大臣は、軍隊内での革命運動を調査・分析し、モスクワ軍管区司令官に以下の要求を行っている。
①軍隊内の革命運動の成功の基本的原因は、将校と兵士の間に平常の結びつきがないためである。したがって、将校が兵士のためにもっと多くの時間を割き、兵士の中に居る時間を増やすこと。
②工場から軍隊に入って来た兵士が一番、宣伝を受け入れやすい。兵士の革命的動揺の主たる原因は「経済的窮迫・上官に対する一般的不満・警察勤務に対する不満」である。
③将校たちが訓練の点でも能力の点でも低い。したがって将校たちの粛清をやり、最も忠実な者だけを軍隊に残すようにすること。
 要するに軍隊内治安監視体制と弾圧体制の強化を命令した。

 また、ロシア政府は、モスクワ軍管区司令部その他の軍管区に対して「軍隊内宣伝扇動の原因」の特別調査命令を出している。そしてこの「特別調査報告」によれば、「革命思想とうまく闘争するためには、先ず、これらの思想をあらかじめ研究しなければならない。思想に対しては思想をもって戦わなければならない」と言明している。
 陸軍大臣は、この報告者の提案を受け入れ、モスクワ軍管区司令官に、「軍隊内の革命的宣伝と戦うために、直ちに将来の将校の養成にとりかかり、彼らに社会問題や政治問題を研究させ、必要があれば、いつも兵士達にこれらの問題を説明できるようにすること」と提案し、命令を発している。
 ※今日の自衛隊内においても隊  員への政治活動の禁圧と一体  で反動的宣伝が行われている。
 ロシア政府は以上にとどまらず、労働者人民の間に「愛国心」を植えつけるすべての組織を支持・援助することを表明し、革命に対する体制内化の反革命体制の強化を図った。そのために公開の講演会、図書館や読書室などを組織する協会を利用し、その体制を強化している。
 だがこの「思想には思想をもって戦う」という敵階級の路線は、成功しなかった。当然だ。人類の進歩的思想、マルクス主義とプロレタリア的変革と自己解放の思想と闘いの前進を押し留める思想などあるはずがない。普遍的・究極的な革命思想に反動的思想と対策が対抗できるはずがない。
 プロレタリア革命とは、犠牲を恐れず、鉄の規律と英雄主義で武装し、幾多の反動と反革命勢力の台頭をも粉砕しながら突きすすむことによって、労働者階級人民が、最後的に、必ず、勝利を戦い取る革命である。革命とは労働者と人類の自己解放をかけた、唯一、正義の革命戦争である。

軍隊の革命的工作と組織化における諸問題

 レーニンは「モスクワ蜂起の教訓」で、ボリシェヴィキのモスクワ委員会の軍隊内党細胞組織の中央集権的な組織体制の未形成により、各部隊の武装蜂起が個々バラバラな、自然発生的なものとなり、蜂起が蜂起戦として成功しなかったと総括している。
 このためモスクワ委員会は1906年11月5日、「モスクワ軍隊組織第2回会議」を行った。会議では、主として、軍隊組織の党細胞組織建設の諸問題が検討された。そして次のような組織構成計画案が提示された。
①守備隊内の下部の党細胞とみなさるべきものは「中隊の兵士=社会民主主義グループ」である。小隊には党組織は作られなかった。大隊委員会は、各中隊組織から2名ずつの代表によって構成された。大隊委員会および連隊委員会は、兵士=党員総会で選ばれることになった。
②各地区には、地区会議で選ばれる地区委員会がつくられた。地区委員会は10名からなり、3ヶ月毎に改選され、組織メンバーの多数の要求がある場合には、期限前に改選させることも出来るようにした。
③地区委員会の定例会議は毎週、行われた。その任務は、下部の軍隊の党組織の指導、新規党員採用に関する下部組織の決定(採用は党員2名の推薦による)の確認、地区内にある部隊での新しい党細胞組織の結成、地区軍隊委員会の掌握にある出版物、その他の配布活動などである。
④各地区軍隊組織の代表らは、全市党軍隊会議への代表を選出した。
⑤この会議は20名の委員で構成する評議会を設置した。この評議会は、会議から会議の期間の最高指導機関である。
⑥「市軍隊組織委員会」は、評議会によって任命され、評議会の執行機関であった。この市委員会は、組織部、宣伝部、知識普及部、財政=技術部などで構成された。また、市軍隊委員会からは1名の代表がロシア社会民主労働党モスクワ委員会に、2名の決議権を持つ代表が全市党会議への派遣が決められた。
⑦党のモスクワ委員会からは、1名の代表を市軍隊組織委員会に、決議権を持つ2名の代表を軍隊組織会議に派遣することが決められた。
 第二回会議によって、モスクワ軍隊組織の構成が明確になった。その成果は、モスクワ守備隊の各部隊内におけるボリシェヴィキのその後の組織活動に反映された。

 しかしレーニンは、軍隊内の党の工作を、更に、中央集権化するために11月にフィンランドのタンメルフォルスで、軍隊組織および戦闘組織に関する会議を招請した。この会議の基本問題のひとつは、武装蜂起に関する党の課題の問題と、それに関連した軍隊組織および戦闘組織の任務についてである。
 この会議で決議された武装蜂起の準備期の党の任務は、「第一に、民主的人民層(プロレタリアート、農民、市民)への党の思想的およ13時び組織的影響をできるかぎり拡め深めること、第二に思想および組織的に党にしっかり結びつけられたこれらの大衆を戦闘準備させること(戦闘組織の工作)、第三に軍隊での思想的および組織的な戦闘工作、第四に、一般プロレタリア組織、軍隊組織、および戦闘組織の緊密な連絡と相互作用を確保すること」と規定した。
 また、この会議では、「すべての軍隊組織の中央集権的な、一致した工作によってのみ、軍隊を人民の味方に引き入れることが出来る」と決議した。

隊内工作中止派との闘い

 だが、その後モスクワ軍隊組織の一部のメンバーは、政府の弾圧体制の強化、革命の波が後退したことと関連して隊内工作の中止を主張しつつあった。
 ボリシェヴィキはこの事態を前にして、1907年1月21日、「第三回モスクワ軍隊組織会議」を開催した。この会議では、軍隊内工作の性格、任務および軍隊組織の構成の問題をめぐり激論が展開された。
① 第一の見解、軍隊内に社会民主労働党組織の外に、社会民主労働党組織の周囲に結集させる「兵士同盟」を作るべきである、ということ。
② 第二の見解、兵士の意識水準は低いから軍隊内の宣伝は一般民主主義的なものにとどめ、社会主義的なものは中止すべきである、ということ。
③第三の見解、まず何よりも各部隊内に強固な社会民主労働党軍隊組織をつくること、次に、兵士大衆の間に社会民主労働党の宣伝・扇動を広めること、最後に、武装蜂起に際し、軍隊を人民と結合するため系統的に闘争すること、などが提案され、激論が行われた。
 長い論争の後、「第三の見解」が真に正しい、革命的な見解であると採用された。そして、会議は、党の軍隊組織の任務を次のように規定した。
①軍隊内における社会民主労働党の影響力を強化すること。
②軍隊を、蜂起した人民の味方に公然と移行させるように軍隊を準備し、さらに、実際に軍隊を人民の味方に引き入れること。
 このような任務を達成するために、モスクワ軍隊組織は次の活動を行うことが決定された。
①兵士大衆の中で、口頭および文書による宣伝を行う。
②いろいろな現存の党外の兵組織を活用し、それらの中での党の影響を強化する。
③兵営内の困窮した生活を土台にして起こる自然発生的な兵士の行動や平和的ストライキトと結びつく。
 この会議で各地区の軍隊組織の代表の報告では、12月武装蜂起の敗北後、モスクワ守備隊の各部隊での宣伝・扇動、組織工作は中断されていないことが出されている。

 しかし、1907年4月末、党の秘密印刷所が警察に摘発されたことはモスクワ組織にとっては大きな打撃であった。軍隊内における調査・弾圧体制も次第に組織化されたが、ボリシェヴィキの反軍工作は非公然的により一層、強化され、幾多の困難と試練を乗り越え、1917年10月革命に突き進んだ。
 了 

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戦争絶対阻止!改憲阻止! 池田自衛隊裁判の勝利へ!

次々回:7月11日(水) 午前11時~

13時~裁判争点の学習会

イラク「空自日報」は 全部残されている

会報 第48号

Rise 第48号 2018年04月10日発行 rise0048.PDF

世界核戦争情勢を革命に!

南北・米朝会談は戦争への道

  

(写真上:1917年10月25日、蜂起開始!軍事革命委員会から攻撃命令を待つ赤軍の兵士、写真下:1917年、赤の広場を進軍するボリシェヴィキ兵士)

森友・加計疑獄の核心 求められているのはプロレタリア革命

滝山

佐川証言の破綻

怒り心頭、怒髪天を衝く!

 佐川の国会喚問での証言拒否が、55回。安倍・麻生、昭恵の関与・指示に関しては、きっぱりと否定し、開き直った。14文書、300ヶ所に及ぶ公文書改ざんに関しては「財務局の中だけでやった」と言明しながら、改ざんに関わる証言に関しては「訴追される恐れがある」という口実で逃げ切り、森友疑獄の真実に関しては、ことごとく証言拒否を繰り返した。自殺者の「告発」を受けながら、安倍政権に都合の悪いことは、すべて「証言拒否」で逃げ切り、佐川は安倍政権のしもべであることに徹した。
 安倍も、「佐川証言に関しては「コメントしないというのが政府の立場」とどこまでも開き直り、。「佐川証言をどう受け止めるかは国民の判断」と、労働者階級人民をなめ切った態度に終始した。
 だが安倍は己の首を、万力でギリギリと閉めつけている。労働者階級人民の怒りに心底から恐怖しているのが安倍である。だからこそ徹頭徹尾、開き直るしか手段はないのである。

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会報 第47号

Rise 第47号 2018年02月10日発行  Rise0047.PDF

朝鮮戦争-世界核戦争絶対阻止

国境を越えた労働者の国際連帯で戦争を革命に!

天皇制を打倒し改憲・戦争の安倍を倒そう

     

(写真 リムパック・環太平洋合同演習、空母「レーガン」と各国の艦隊)

朝鮮戦争は核戦争

国際連帯で 戦争を革命に!

滝山

侵略戦争か 革命戦争か

 人類は今、世界史的な分岐と歴史選択のときに直面している。世界核戦争を許し三度、人類を地獄の惨禍のなかに叩き込むことを許すのか、それともその戦争を世界プロレタリア革命に転化し、人類の新たな未来を切り開くのかという歴史的な選択である。
 言い換えれば戦争と人民虐殺によってしか延命できない帝国主義ブルジョアジーと、革命で全人民の人間的未来を獲得しようとするプロレタリアートの「階級戦争」の選択だ。
 さらに言えば、1%の利益のための「帝国主義侵略戦争」か、99%の労働者階級民衆が自己解放的に生きるための「プロレタリア革命」かのいずれの側に身を置くかという世界史的選択である。侵略のための不正義の戦争か、革命のための正義の戦争か、この選択は兵士・自衛官も例外ではない。むしろこの選択は、兵士・自衛官にこそ問われている。

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会報 第46号

Rise 第46号 2017年03月10日発行 rise46.PDF  

軍隊の革命化へ・Ⅱ

ロシア革命から100年 労働者の国際連帯で

プロレタリア世界革命へ

戦争と革命の急接近情勢

ゼネストと兵士の獲得で軍隊の革命化へ

滝山

1917年2月革命と労働者・兵士の結合

 1917年に入るとペトログラードでは1月9日の「血の日曜日」記念日に大規模なストライキが打たれた。
 ロシア革命は、レーニン・ボリシェヴィキの軍隊工作で兵士が労働者のゼネストに合流することで比較的「流血」の少ない勝利を勝ち取っている。
 2月革命の特徴は、大量の部隊が蜂起した労働者の側に移行したことである。プロレタリアートと兵士部隊という二大勢力が一つの力になったことでツアーリの専制政治を打倒できた。要するにツアーリには専制政治を防衛する決定的瞬間に「信頼に足りる軍隊(国家暴力)」を持ち得ていなかったということだ。
 ロシアのプロレタリアートとボリシェヴィキは、1905年―07年革命の時には、労働者と軍隊がバリケードを挟んで激しく対立していた。だが05年の第一次革命の敗北の経験をもとに、軍隊への意識的・計画的な工作を強化した。兵士の獲得という地道な闘いを忍耐強く推し進めた結果、大量の兵士・部隊がプロレタリア革命を担ったのである。そしてここに至る全過程は、同時に権力のボリシェヴィキに対する組織破壊攻撃との闘いでもあった。
 2月革命は、帝国主義戦争という情勢の中で起きた。2~3月の全過程で革命の指導的役割を果たしたのは、第一次ロシア革命と同じくプロレタリアートである。ペトログラード労働者の政治的ゼネストが革命の合図となった。1917年初めは、ロシア全体の革命運動がこのペトログラード労働者と軍隊の態度に規定されていた。ペトログラード郊外に配置されていた26万の軍隊の内、20万の兵士と40万の武器をほとんど持たない労働者が肩を並べて立っていた。ペトログラードは特別軍管区に分割され、司令官はツアーリ本営直属であった。1916年末には親衛連隊と歩兵連隊のかなりの部隊がペトログラードのプロレタリア区に意識的に配備され、首都の革命運動を圧殺する詳細な計画を練り上げていた。
 これに対決する形でロシア社会民主労働党中央委員会ロシア局は、首都守備隊各隊の軍隊内活動の強化に万策を講じ、ボリシェヴィキ組織の力を注ぎ込んだ。兵営内の兵士との直接の接触を確立するするために、労働者と兵士との交流、街頭で出会ったときの交歓、要するに兵士を労働者階級人民の側に引き寄せるためにできることは、可能な限り何でもした。一方、ボリシェヴィキは労働者に対しては、武器を入手するため、軍人仲間との連絡を利用することを勧告している。

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会報 第45号

2017年01月10日発行  第45号 会報45号.pdf

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ロシア革命から100年

ゼネストと兵士の組織化で

軍隊の革命化へ

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2017年 革命の扉は開いた

ボリシェヴィキの反軍活動

滝山

開始された隊内反乱

安保関連法制の強行成立、南スーダンPKOの駆け付け警護任務付与、そして朝鮮戦争の切迫情勢下、日帝・安倍政権は戦争と改憲に突進している。

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会報 第44号

2016年11月10日発行 第44号 会報44号。PDF

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朝鮮戦争を絶対 阻止しよう!

南スーダンPKO即時 撤退!

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(写真 パク・クネ政権を崩壊に追いこんだ韓国民主労組の20万ゼネスト。鉄道労組の無期限ゼネストと国際共同行動がパク完全打倒へ、労働法制改悪阻止へ、朝鮮戦争・東アジア―世界核戦争阻止へ、そしてプロレタリア世界革命に向けゼネストがうなりをあげて継続・拡大している。写真は今も無期限ゼネストを闘う鉄道労組の労働者)

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PKO即時撤退・戦争絶対阻止・改憲と労働法制解体阻止、池田自衛隊裁判はひとつ

南スーダンPKO 即時 撤退せよ!
池田自衛隊裁判をともに闘おう!
国境・民族を超えた国際連帯でプロレタリア革命へ!

수단 PKO 측시 철퇴하라!
이케다 자위대 재판을 함계 싸우자!
구경-민족을 넘은 국제연대로 프롤레타리아 혁명으로!

PKO in the South Sudan, withdraw at once!
Fight together with Mr. IKEDA (soldier of the Self-Defense Forces) in the trial!  Victory of a Proletarian Revolution through international solidarity over borders and nationalities!

PKO部隊とは 侵略戦争の部隊

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会報 第43号

2016年09月10日発行 第43号  会報.PDF

ゼネストと国際反戦闘争で戦争を革命に転化しよう!

11・6-11・12 日韓100万決起へ!

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2016年6月、米海軍が2隻の原子力空母を同時にフィリピン沖に投入。中国の南中国海の軍事拠点化に対決し、米海軍横須賀基地に空母2隻配備態勢も検討されている。左が空母ロナルド・レーガン、右がジョン・C・ステニス。ステニスは米西海岸に拠点がある。今年2月から「航行や飛行の自由を守る」ためとして東アジアに投入され南中国海で活動を継続して展開し、臨戦態勢に就いている。

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会報 第42号

2016年01月13日発行  第42号  会報.PDF

朝鮮戦争絶対阻止! 世界革命に挑戦するボリシェビキの反軍闘争

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会報 第41号

2015年11月13日発行  第41号 会報.PDF

ゼネストと国際連帯で朝鮮戦争 阻止!

日米「新ガイドライン」「作戦計画5015」一体化して始動

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(写真・上)2015年11・1労働者集会 韓国・民主労総のゼネストに連帯し、5700人が結集
(写真・下)2010年から日本周辺で大規模な「対中国」日米共同統合軍事演習を開始(4万4000人、艦船60隻、航空機400機)、この時、韓国が初めてオブザーバー参加。以後、米韓合同演習後に中国を仮想的とする大規模演習が規模を拡大し、繰り返されている。写真は2012年の日米共同統合軍事演習

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